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「今日のワン」(67)

  • mizunoseigi
  • 2022年4月21日
  • 読了時間: 2分

2022年4月21日「今日のワン」メッセージ


     「慰めと励まし」

作家五木寛之さんは、著作「大河の一滴」の中で、その時代による人々が求めている心の変遷について記している。「モノ」⇒「宗教(こころ)」⇒「哲学(生き方」⇒「脳内革命(プラス思考)。経済成長、地下鉄サリン事件、ソフィーの世界、阪神・東日本大震災、その時代を象徴する出来事には、人々の心が反映していると言える。そんな中で、プラス思考だけでは生きていけない傷ついた人々の多くが求めているものは、「慰め」だと指摘している。仏教思想に精通している著者は、これを「慈悲」(憐れみ)と呼ぶ。憐れみによる「慰め」をいつの時代の人々も必要としていることは、すでに聖書が伝えるメッセージの中心であり、このことは東日本大震災後の今のコロナ禍、またロシアによる軍事侵攻という恐れと不安定な時代の中で生きている今もそうである。


身近な人との関わりから、この「慰め」について考える時、「この人には今、励ましが必要なのか、慰めが必要なのか」と心を悩ますことが誰にでもあると思う。「励まし」は、まだ頑張れる余力がある人にとっては効果をもたらし、元気づけることにもなるだろう。しかし、それには限界があり、極限状態の中でもう頑張れない傷ついた人々が再び立ち上がるためには、「慰め」(あわれみ)を必要とする。寄り添いの心が「慰め」となり、人の心に癒しもたらす。自分のこれまでの失敗から気づかされたことだが、「慰め」が欠けた「励まし」によって安心しているのは、相手ではなく自分だということ。その「せっかちさ」というのは、「自分が安心したい」ということの表われだと思っていいかもしれない。そのことを、相手は見抜いているだろうから。たとえ、相手が笑顔になってくれたとしても。だから、「慰め」があって「励まし」を心にかけていたほうがいいように思う。それが本当の意味で人の心を「前向き」に向かわせるように思う。「慰め」の欠けた「前向き」は、根無し草の時代を繰り返し、「ひとりぼっち」の一人を生む。だから、「逆戻り」しないという過去から学ぶ姿勢を心がければ、それは自然と前に進んでいる。そちらのほうが、誰も置き去りにしない社会に一歩近づくように思う。

そのことを恐れと不安と疑いの渦中のどん底にいた弟子たちに対する、復活したイエスさまの憐れみに満ちた丁寧な寄り添う関わり方から、今日も学ばせてもらう。感謝!


今日のみことば:「こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなたがたのために前もって決めておられた、メシアであるイエスを遣わしてくださるのです。」(使徒言行録3・20)
















 
 
 

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