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「今日のワン」(38)

  • mizunoseigi
  • 2022年3月22日
  • 読了時間: 2分

2022年3月22日「今日のワン」メッセージ


   「心からでなくても」


「良い人と歩けば祭り。悪い人と歩けば修行」

人間国宝と呼ばれる小林ハル(明治33年生まれ)

は盲瞽女(めくらごぜ)の人だった。3歳のときに盲目となり、チンドン屋を仕事として各地を旅して生きた人。

「私は目が見えないので、必ず『手引き』してくれる目が見える人の助けが必要です。だから、人には背くまいと思って生きてきました。瞽女の組み合わせは、いつも気が合う人とであればいいのですが、そういうことは滅多になく、気の合わない人と旅することが多くあり、神仏にお任せするしかありません。

100歳になる今、これまでそうやって努めてきたから

こそ、今のような幸せを感じているように思います。」


「心からでなくても」生きてきた人の言葉です。


「心から兄弟を赦さないなら・・・」というイエスさまの言葉があります。「何回まで赦せ 

 ばいいのですか?」というペトロの問いに対する答えです。

罪の問題を大きいか小さいか、あるいは数字で見ているうちは、罪が何なのかも、赦しが何なのかもわかっていないような気がします。なぜなら、その目には感謝も感動もない自分が見えていることに気づかされるからです。

罪と赦しは「方向性」の問題のような気がするのです。そのことを小林ハルさんの目には見えていたものから学ぶのです。生きていくうえで、気の合わない人の組み合わせのほうが確かに多いです。それなら、自分はどうありたいのか、その方向性に夢(神仏)を見て努めて生きていくことが、人生が見えている人の歩みだと感じるのです。


「心から」というのは、「心からでなくても」生きている人の姿です。自分がどうありたいのか、夢を持っているからです。そういう歩みを生きている人というのは、「心から」語るではありませんか。だから、聞く人の心に伝わるのです。


今日のみことば:「今や、我々は心からあなたに従い、あなたを畏れ、御顔を求めます」

(ダニエル書補遺アザルヤ2・18)











 
 
 

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