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「今日のワン」(50)

2022年4月3日「今日のワン」メッセージ


   「部屋の中にいる大きな象」

デマ、フェイクニュース、プロパガンダ...。「ウソも百回言えば本当になる」。ナチス・ドイツの宣伝大臣であったヨーゼフ・ゲッベルスの有名なセリフ。まるでプーチン。その本人が「ウクライナ侵攻は非ナチ化のため」だと、侵攻理由の正当性を訴える口実にしている。「どの口が言っているのか」と、思わず言いたくなる。この発言に、国際社会はプーチンのプロパガンダだと声を挙げる。しかし、プーチンのこの「ウクライナの非ナチ化」という発言は、事実に基づく発言のようだ。今、「ネオナチ」という言葉が飛び交っているが、ウクライナには極右のナチ集団(過激愛国主義者)である「アゾフ隊」というウクライナ政権の治安犯罪過激組織が存在する。この組織は白人至上主義を唱え、エンブレムにはナチスのどくろマークの紋章があしらわれており、ナチ思想を有するウクライナ軍の中心的存在。このネオナチ集団の存在は、2014年に頭角を現し、一般市民の拉致・監禁・拷問の事実に基づくその悪名高い治安犯罪は西欧社会においては国際問題としてよく知られているという。その隊員の中心は欧米出身者。アメリカとカナダは、そのウクライナ軍を支援し、軍事練習の強化を図っている。日本ではそういう情報は報道されないので、プーチン発言はプロパガンダだと片付けられてしまう。が、しかし国際ジャーナリストのある専門家はプーチン発言の内容は事実に基づくことだが、そのネオナチの存在を自国によるウクライナ侵攻の口実として訴えるところがプロパガンダだと指摘している。


ロシアとウクライナを巡る国際社会は、このプロパガンダ作戦によって振り回されている。そこには、お互いに「部屋の中にいる大きな象」がいても、見て見ぬふりをする私たちの身近な問題でもあるような気がする。「自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって『さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください』と、どうして言えるだろうか。まず、自分の目から丸太を取り除け」、というイエスさまの言葉が突き刺さる。盲人が盲人の道案内はできない。


姦通の現場で捕らえられた女性を引っ張り出し、周りを取り囲んで、「こういう女性はモーセの律法では石で打ち殺せと、命じています。あなたはどうお考えになりますか」と、イエスさまを訴える口実をつけて差し迫る人々。これまたプロパガンダである。この人々の中に自分がいる。この姦通の女性は「プーチン」ではないだろうか。そう考えると、誰もがイエスさまに問う者ではなく、問われている者ではないだろうか。イエスさまから問われた人々は、一人また一人と去っていた。神の前に立ったからである。それでも、「いいえ、私はあの人ほど大きな罪は犯していません。だから、石を投げます」と、神の前でしつこく問い続ける善人もいるかもしれない。その善の塊である石のような頑なさが何をもたらすかは、言うまでもない。部屋の中にいる大きな象。小さくても象は象だ。それが大きくなっていく。


「私もあなたを罪に定めない。これからはもう罪を犯してはいけない」。罪を裁いて、人を裁かず。私はあなたが死ぬのを望まない、生きることを喜ぶ。そのイエスさまの思いに捕らえられて、生かされて今あるかつての迫害当事者であったパウロは少しでもその愛に応えたいと、「わたしはイエスさまを捕えようと努めているのです」、と告白している。パウロもまた、イエスさまから問われている者として努めて生きた一人だったのだろう。平和への道案内人になるために。


今日のみことば:「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」(ヨハネ8・7)














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